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東京地方裁判所 昭和63年(行ウ)34号 判決

東京都杉並区荻窪三丁目七番二三-三〇二号

原告

日下正一

東京都杉並区天沼三丁目一九番一四号

被告

荻窪税務署長

松田邦夫

右指定代理人

坂田榮

安達繁

中川和夫

小野雅也

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告の昭和四八年分所得税について昭和四九年四月三〇日付けでした更正並びに昭和五〇年七月三〇日付けでした再更正及び過少申告加算税賦課決定はいずれも無効であることを確認する。

2  被告が原告の昭和四九年分所得税について昭和五〇年七月三〇日付けでした更正が無効であることを確認する。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

主文と同旨

(本案の答弁)

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1(一)  原告の昭和四八年分所得税について、原告のした確定申告に対し、被告は、昭和四九年四月三〇日付けで課税総所得金額を七万八〇〇〇円、算出税額を七七〇〇円とする更正(以下「四八年分更正」という。)をし、さらに、昭和五〇年七月三〇日付けで課税総所得金額を三七万一〇〇〇円、算出税額を三万六九〇〇円とする再更正(以下「四八年分再更正」という。)及び過少申告加算税一四〇〇円の賦課決定(以下「四八年分賦課決定」という。)をした。

(二)  また、原告の昭和四九年分所得税について、原告のした確定申告に対し、被告は、昭和五〇年七月三〇日付けで課税総所得金額一四万二〇〇〇円、算出税額一万四一〇〇円とする更正(以下「四九年分更正」といい、四八年分更正、四八年分再更正及び四八年分賦課決定と併せて「本件各処分」という。)をした。

2  しかしながら、被告のした四八年分更正、四八年分再更正及び四九年分更正は、いずれも当該年分の原告の所得が全て給与所得であるのに、これを事業所得と認定していた違法があるから無効というべきであり、また、四八年分再更正に伴つてした四八年分賦課決定も無効である。すなわち

(一) 原告は、日本生産性本部茗谷会所属の経営コンサルタントであるが、昭和四二年三月一五日、訴外株式会社飯能光機製作所(以下「訴外会社」という。)との間で雇用契約を締結して、以後昭和五〇年七月まで、訴外会社に専属し、訴外会社工場副長である訴外杉本久敬の指揮命令のもとに会社内外の情勢に対応し随時必要に応じて指令された特命事項を処理することを職務とする専門職(社内経営コンサルタント)として稼働して、訴外会社からその対価(以下「本件対価」という。)の支払を受けていた。原告の昭和四八年分及び昭和四九年分の所得の全部は本件対価に係る所得である。

(二) 右のように、昭和四八年分及び昭和四九年分の所得となる部分を含む本件対価は給与所得となる収入であることが明白であるのに、訴外会社は、その内部の支払手続において、原告の抗議にもかかわらず、本件対価について、終始、賃金台帳の作成、給与所得としての源泉徴収等、これに係る原告の所得を給与所得とする取扱いをせずに、原告に支払調書を交付して、これに係る所得を事業所得とする確定申告(昭和四八年分及び昭和四九年分を除き損失申告)を行わせてきた結果、被告は、原告の昭和四八年分及び昭和四九年分の所得について、これが事業所得であることを前提にして、四八年分更正、四八年分再更正及び四九年分更正をした。

(三) しかしながら、被告のした四八年分更正、四八年分再更正及び四九年分更正は、

(1) 所得税法二八条、一八三条ないし一九八条に違反する違法があり、

(2) 所得税の源泉徴収義務者である訴外会社が給与所得を事業所得として区分した場合に、これに対して納税者である原告には何ら救済の方法がない現行の所得税法及び国税通則法のもとにされたものであるから、憲法三一条に違反する違法があり、

(3) 所得税法二七条二項と二八条二項との規定の相違により、本件対価に係る所得が給与所得とされた場合には、これが事業所得とされた場合に較べ、所得税額が多額となるのに、訴外会社がことさら原告に事業所得として確定申告をさせ、原告の納税の義務を阻害してきたことを追認するものであるから、憲法三〇条に違反する違法があり、

(4) 訴外会社が、原告との雇用関係に基づいて原告に支払うべき超過勤務手当及び賞与の支払いを免れる手段として、本件対価に係る所得を、これが給与所得であるにもかかわらず事業所得と区分したことを追認するものであるから、憲法二九条一項に違反する違法があるので無効であり、四八年分再度更正に伴つてした四八年分賦課決定も無効である。

3  なお、原告は、本件各処分の無効確認判決を得ることにより、本件対価に係る所得につき、給与所得としての多額の所得税額があるにもかかわらず、事業所得として非課税ないし寡額とされた納税の義務の阻害を排除することができ、また、訴外会社が、昭和五〇年七月二五日に原告を解雇する旨の意思表示をしたので、訴外会社を相手として浦和地方裁判所川越支部に提起し現に係属中である雇用契約上の権利を有することの確認及びこれに伴う金銭の支払を請求する訴え(昭和五〇年(ワ)第二五三号)において、原告と訴外会社との法律関係を明確にし得るのであるから、本件各処分の無効確認を求める利益を有する。

4  よつて、原告は、本件各処分が無効であることの確認を求める。

二  被告の本案前の主張

1  四八年分更正は、四八年分再更正がなされたことによりこれに吸収されて一体化し、独立の存在を失つたものであるから、四八年分更正の無効確認を求める訴えはその対象を欠き、不適法な訴えとして却下されるべきである。

2  本件各処分について、その無効確認の訴えを提起し得るのは右各処分に続く処分により損害を受けるおそれのある者その他右各処分の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で、右各処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないものに限られるところ、被告は、原告に対する国税還付金を原告の四八年分再更正及び四八年分賦課決定に係る原告の四八年分所得税の本税及び過少申告加算税に充当し、右所得税は既に納付があつたものとみなされるから、四八年分再更正及び四八年分賦課決定については、これに続く処分により原告が損害を受けるおそれがあるとはいえず、また、原告が本訴で主張する本件各処分の無効確認を求める利益は、原告が訴外会社を相手として提起した原告主張の別件訴訟において、本訴の結果を有利に利用したということに過ぎないから、これをもつて法律上の利益とは到底いい得ず、結局、原告には本件各処分の無効確認を求める訴えの原告適格はないので、本訴は不適法として却下されるべきである。

3(一)  原告は、既に、被告を相手として、四八年分更正に対しその取消しを求め、四八年分再更正及び四八年分賦課決定に対し、主位的に右各処分の無効確認を、予備的に右各処分の取消しを求める訴えを東京地方裁判所に提起し(昭和五〇年(行ウ)第一三四号)、同裁判所はこれに対し、昭和五三年一一月八日に四八年分更正の取消しを求める訴え並びに四八年分再更正及び四八年分賦課決定の各無効確認を求める訴えを却下し、四八年分再更正及び四八年分賦課決定の各取消しを求める請求を棄却する判決を言い渡したところ、原告は東京高等裁判所に控訴を提起したが(昭和五三年(行コ)第八五号)、昭和五五年九月二四日に控訴棄却の判決があり、さらに、原告は最高裁判所に上告を提起したが、(昭和五五年(行ツ)第一六〇号)、昭和五六年九月二五日に上告棄却の判決があつて、右第一審判決は確定した。

(二)  また、原告は、被告を相手として、四九年分更正に対しその取消しを求める訴えを東京地方裁判所に提起し(昭和五一年(行ウ)第七九号)、同裁判所はこれに対し、昭和五四年一月三一日に原告の請求を棄却する判決を言い渡したところ、原告は東京高等裁判所に控訴を提起したが(昭和五四年(行コ)第九号)、昭和五五年九月二四日に控訴棄却があり、さらに原告は、最高裁判所に上告を提起したが(昭和五五年(行ツ)第一六一号)、昭和五六年九月二五日に上告棄却の判決があつて、右第一審判決は確定した。

(三)  右のとおり、四八年分再更正及び四八年分賦課決定並びに四九年分更正について、その取消しを求める請求を棄却する判決が確定しているのであるから、右各処分について、取消事由となる瑕疵に較べより重大な瑕疵の存在を理由とすべき無効確認を求める訴えは、いずれも前訴の既判力に触れるもので、不適法として却下されるべきである。

三  本案前の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の本案前の主張のうち、2項の被告が原告に対する国税還付金を原告の四八年分再更正及び四八年分賦課決定に係る原告の四八年分所得税の本税及び過少申告加算税に充当し、右所得税は既に納付があつたものとみなされること並びに3項(一)及び(二)の各判決が存在することは認め、その余は全部争う。

2  被告の本案前の主張3項(一)及び(二)の各東京地方裁判所判決に係る訴訟(以下「先行訴訟」という。)は単に本件各処分の取消しを求めた抗告訴訟であるに過ぎないのに対し、本件訴訟は先行訴訟後に判明した事情に基づき原告の所得の所得区分及び納税義務の阻害を争うものであるから、先行訴訟との間に同一性がなく、本件が先行訴訟の判決の既判力に触れるとの被告の主張は失当である。

3  被告は、憲法九九条により憲法を尊重し擁護する義務があるのみならず、国家公務員法九八条により職務を遂行するについて法令に従うべき義務があるところ、原告が訴外会社を相手として提起した雇用契約上の権利の確認及びこれに伴つてバツクペイ等の金銭の支払を請求する前記別件訴訟の争点が原告の所得の所得区分にあり、かつ、原告が右訴訟に勝訴すれば、徴収可能の所得税がなお存在することになるにもかかわらず、公正な税務調査を怠つて、本件において本案前の主張を提出することは、被告の義務に違反し、その立場と矛盾することとなるから、失当である。

四  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1項の各事実は認める

2  同2項柱書きの主張は争う。同項(一)の事実は不知。同項(二)事実のうち、訴外会社が、内部の支払手続において、原告の抗議にもかかわらず、本件対価に係る原告の所得について給与所得としての取扱をせず、原告にこれを事業所得とする確定申告を行わせたことは不知、その余は争う。同項(三)の各主張は争う。

第三証拠

本件訴訟記録中の証書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  四八年分更正の無効確認を求める訴えについて

四八年分更正は、四八年分再更正がなされたことにより、右処分の処分内容としてこれに吸収され、独立の存在を失うに至るものと解すべきであるから、四八年分更正の無効確認を求める訴えは、その対象を欠くものとして不適法である。

二  その余の訴えについて

処分の無効確認の訴えは、原告適格を有する者、すなわち、当該処分に続く処分により損害を受けるおそれのある者その他当該処分の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で、当該処分の効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないものに限り、提起することができるものである(行政事件訴訟法三六条)。

ところで、被告が原告に対する国税還付金を原告の四八年分再更正及び四八年分賦課決定に係る原告の昭和四八年分所得税の本税及び過少申告加算税に充当し、右所得税は既に納付があつたものとみなされることは当事者間に争いがなく、また、成立に争いのない甲第二号証によれば、原告は四九年分更正に係る原告の昭和四九年分所得税も既にこれを納付している事実を認めることができる。したがつて、原告が四八年分再更正及び四八年分賦課決定並びに四九年分更正に続く滞納処分によつて損害を受けるおそれはない。さらに、原告は、四八年分再更正及び四八年分賦課決定並びに四九年分更正の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴えである過誤納金還付請求の訴えを提起することが法律上可能であり、かつ、これによつてその目的を達成することができる関係にある(なお、原本の存在及びその成立に争いのない乙第一ないし第三号証によれば、四八年分再更正及び四八年分賦課決定に係る税額につき、原告は既に過誤納金還付請求の訴えを提起し、右請求を棄却する確定判決を受けていることが認められるから、再度過誤納金還付請求の訴えを提起したところで勝訴判決を得る見込みのないことは明らかであるけれども、単にそのことのみをもつて四八年分再更正及び四八年分賦課決定の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつてその目的を達することができないとはいえない。)。

そうすると、四八年分再更正及び四八年分賦課決定並びに四九年分更正の無効確認を求める訴えは、原告適格を欠く者の提起したものとして不適法である。

三  結論

よつて、原告の本件訴えをいずれも却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文とおり判決する。

(裁判長裁判官 鈴木康之 裁判官 石原直樹 裁判官 青野洋士)

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